11.06/13 その145 “ただ奥義あるのみ!”武侠に見るツンデレ






 さ、最近更新が滞ってるのは単に忙しいだけで、怠けてるとかそんなんじゃないんだからっ! 勘違いしないでよねっ///

 こう書くと単なる言い訳もなんとなく可愛げがあるよね。思わず管理人にキュンとなってしまった人もいるのではないだろうか。おっとお嬢さん、俺に萌えると火傷するぜ?(胴体に巻きつけたダイナマイトをひけらかしつつ)。

 というわけで今回はツンデレの話をしようと思う。
 この言葉が生まれて10年くらいたつと思うが、萌えカルチャー界隈では今も不動の人気を保っている。漫画でもアニメでもゲームでも、2、3人ヒロインがいれば一人はツンデレ要員だ。よくもまぁ飽きもせず似たようなキャラに萌えられるものだと感心するが、それだけ普遍的なキャラだということだろう。
 しかし最近のツンデレってのはどうだろうね? どの作品とは言わないが「ツン」の部分が過剰に尖ったキャラがどうも多いような気がする。殴る蹴るといった暴行、あるいは人間の尊厳を傷つけるような罵詈雑言など「それはちょっと人としてどうだろう」と言いたくなるような、不快な意味での過激さが目に付く。
 マンネリを打開しようと過激な表現に走るのはよくあるケースだが、行きすぎると不快なだけである。ツン描写ももうちょっと別の道を探した方がいいのではないか…と常々思っていた。

 だが、規制のテンプレにはまらないユニークなツンデレヒロインがいたことを先日思い出した。武侠小説『神G剣侠』(原題:神G侠侶)に登場する女武術家「林朝英」である。
 聞いたことねぇという人のためざっと説明しておくと、武侠小説とは超人的な武術家が大活躍する中国の活劇小説で、神G剣侠はこのジャンルの第一人者といわれる金庸の作品。天涯孤独の少年・楊過と、美貌の少女・少龍女の恋を主軸にした物語だ。10年ほど前の武侠ブームで翻訳され、『コンドルヒーロー』の名前でアニメ化もされたので、覚えている人もいるだろう。
 武林(武術家たちの世間)では許されない師と弟子の恋物語であり、苦難の星の元に生まれた楊過の成長譚であり、さらには中原を脅かすモンゴル帝国との戦いという壮大なテーマも含んだ、波乱万丈の痛快活劇だ。
 1959年に連載が始まったというからかれこれ半世紀前の作品だが、その面白さは21世紀の今日でも十分通用する。いきいきと描写された英雄好漢・悪漢外道たちの魅力、アクションの冴え、女性キャラの萌えっぷり、中国史をベースにした物語など、チャンバラ活劇にとどまらない魅力に溢れている。

 さて今回の主題であるツンデレヒロイン林朝英がどう関わってくるかというと、メインヒロインである小龍女が属する武術の流派「古墓派」の祖師、つまり創始者として登場する。
 劇中ではすでに故人であり、そのエピソードは伝聞の形で語られる短い挿話に過ぎない。だがその中に「武術家ならではのツンデレ」の形を見ることができる。


林朝英



個人的にはもうちょっと「おネーさま」なイメージがあるのだが…。



 物語本編をさかのぼること数十余年。時の中国・南宋は女真族の王朝である金国に攻められ、民は塗炭の苦しみをなめていた。武林にその人ありといわれた武術家“王重陽”も、義憤に燃えて金に戦いを挑んだ一人である。この王重陽こそ、林英朝の恋の相手だった。


王重陽



 初めは共に武術の技を競うライバルだった二人だが、やがて林朝英は王重陽に想いを寄せるようになる。しかし王重陽は金を打倒し祖国を救うことがまず頭にあり、彼女の想いに気付きはしてもそれに応えようとはしなかった。
 この部分を伝える原作部分を抜粋しよう。



(前略)やがて先師(管理人注:王重陽のこと)も気づいたが、祖国の仇が始終頭にあってな。敵国が滅びぬうちは、身を固めるどころではないというわけじゃ。その女人(林朝英)を愛しくは思いながらも、のらりくらりとかわしていた。相手はそれをこけにされたと思い込んで、恨んでのう。敵から友となりながら、今度は情愛がもとでこじれてしもうた。で、この終南山で果たし合いをすることになったのじゃ」

「何もそこまで」

「そうとも。先師もむろん身を引いておったが、相手は意固地なたちでな。『そちらが身を引くほど、私を馬鹿にすることになります』と迫って、とうとう果たし合いに追いこんだ。
(後略)



 共に超一流の武術家ながら、技の冴えは王重陽が一枚上手。といっても本気の殺し合いをする気にはなれず、手加減したため勝負がつかない。そして別の方法で勝負をつけることになった。林朝英は勝負に際して次のような取り決めを申し出た。

「私が勝てば、あなたには一生私の言いなりになっていただきます。それが嫌なら出家なされませ。そして、私が負ければこの場で自刎いたします。そうすれば、二度と会わないことになりましょう」

 出家しろというのは今後も他の女と夫婦になることは許さぬ、という意味である。それにしても、夫婦になって一生を共に添い遂げたいという気持ちを「一生言いなりになれ」としか表現できないこのメンタリティ。見事なまでのツン気質と言うほかない。それでいて「自分が負けたら死にます」という追い込み具合にはちょっと冷や汗が出る凄みがある。これはヤンデレ的な思い詰めというより、何事もきっぱりさっぱり片をつけようとする武術家気質と解釈すべきだろう。
 結果として、勝負は林朝英の勝利に終わる。
 王重陽はやはり彼女と夫婦になる道は選ばなかった。誓約どおり出家して道士となった彼はさらなる研鑽を積み、後に道教の名門「全真教」開祖としてその名を轟かせるようになる。

 林朝英の恋はここに終わった。だが彼女はそれを忘却の淵に沈めることはせず、王重陽の創りあげた“全真派武術”の打倒に残りの人生を捧げた。自身の武術・玉女剣法にさらに磨きをかけ、全真剣法の全ての技を破る技術体系を確立するに至る。
 かつて愛した男の武術までを打ち負かさんとするその執念には戦慄させられるが、武術家らしい意地の張りようにも思え、いくばくかの切なさもまた感じられる。これもまた実に武術家らしい「ツン」といえよう。
 そして時代はくだり、楊過と小龍女の物語が幕を開けるわけだ。

 ツンしかねぇじゃん! デレはどこいったの!? とお思いの人もいるだろうが、ちゃんとあるから最後まで聞いて欲しい。
 林朝英はその生涯の集大成として、己の秘術の全てを奥義「玉女真経」として残した。劇中、楊過と小龍女は玉女真経を読み解きながらその技を身につけていくわけだが、最終章に記された奥義だけがうまくいかない。
 玉女真経を習得するためには全真派の技も学ぶことになるが、これは全真剣法を破るためのことと思われていた。そのつもりで楊過と小龍女は攻守に別れて修練していたのだが、今までのように技が噛み合わないのだ。
 その謎は、二人が強敵との戦いの中で窮地に陥った時に解けることになる。玉女真経の最終奥義「玉女素心剣法」とは、玉女剣法を使う者と全真剣法を使う者が一対となって共闘する技だったのだ。使い手ふたりが心を重ねた時、その剣は互いの隙を補いあって鋭さを増し、無敵の力を発揮する。



 今までなんど修練してもうまくいかなかったが、いま身の危険に遭遇して、互いを想う心が大きくなった。おのが身の危険を顧みず、まず恋人を救おうとする。それが、剣法の真髄と合致した。この剣法はすべて、男女が共にあることを型の名にしてある。林朝英は恋に破れ、鬱々として古墓の中で生涯を終えた。文武両道に秀でた林朝英は、最後にそのすべてを『玉女心経』に託したのである。



 命を賭して恋い慕いながらついに想い人の心を得られず終わった林朝英。残りの生涯を王重陽の技を破ることに費やした彼女だが、かつての恋情を忘れたわけではなかった。心の奥底に秘めた想いを生涯をかけて練り上げた術技に込め、最後の奥義へと昇華したわけである。

 どうですか。これがデレですよ。武術家ならではのデレ。
 その秘めた想いも、いちいち女学生の日記のごとく書き残したりはしていない。ただ、奥義あるのみ。

 男子禁制を掟としてきた古墓派において、この玉女素心剣法は林朝英の秘めたる心とともに眠り続ける定めだったのかもしれない。だが、楊過が掟に背いて古墓派に入門した時――そして、楊過と少龍女が武林の掟に背いて恋仲となった時、究極奥義は封印を解かれたのだ。林朝英の想いと共に。
 楊過と小龍女の想いが奥義と重なり、絶技となって発現するくだりは「神G剣侠」序盤におけるひとつのクライマックスだと管理人は考えている。

 というわけなので、萌え業界も新たなるツンデレヒロインを模索していただきたい。具体的には「男をブン殴ればツンデレになる」という安直な発想から離れることから始めてはいかがか。暴力を振るっていいのは悪党と怪物だけってどこかの偉い人も言ってたしね! …ん? ちょっと違ったかな?(トキの偽物のように首を傾げつつ)



追記:
 上でも書いたが、林朝英のエピソードと玉女素心剣法の開眼は『神G剣侠』全体のうちまだまだ初めの方である。これからさらに物語は波乱を見せ、息もつかせぬ活劇へと加速していく。
 剣光が交錯する超人武術アクションもさることながら、女性キャラがやたら魅力的なのも特色のひとつだろう。端的に言えば萌えキャラが多く、そのうちツンデレが占める割合がかなり高めである。
 メインヒロインである少龍女はツンデレではないが(強いて言えばクールから天然への進化キャラ)、脇役で結構なツンデレヒロインが色々出てくる。
 そのうちの一人「陸無双」などは、神G〜がギャルゲになったら間違いなく攻略可能ヒロインになるであろうスペックの持ち主だ。なにせ、主人公・楊過の呼び方が「馬鹿」である。
 これは初対面の際に楊過が愚鈍を装い、陸無双をおちょくったことに起因している(ちなみに楊過は無双を『かみさん』などと呼んでからかっていた)。行動を共にする中で無双も次第に楊過に惹かれていくのだが、意地っ張りゆえに「馬鹿」という呼び方を貫いている。

 また陸無双には陸程英というこれまた美人(&おしとやか)な従姉がおり、この二人が楊過に「どっちにするの」と迫るシーンがあったりする。
 といってもこれは嫉妬心ではなく、強敵が迫る中「私が残って食い止めるから、あなた(楊過)は彼女と逃げて」という健気なものなのだが。その部分を抜粋しよう。



「馬鹿。あんたが決めて。姉さまと一緒に行きたい? それともあたしと?」
「どうして、馬鹿、馬鹿って呼ぶの? 楊兄さまが怒るでしょう?」
 べえ、と舌を出して、陸無双が笑った。
「こんなに自分を立てて接してくれるんだもの。“馬鹿にぃ”だって、姉さまと一緒に行きたいに決まってるじゃない」
 「馬鹿」から「馬鹿にぃ」に呼び方を変えたのは、陸無双なりの折衷案らしい。程英の顔は恥ずかしさで薔薇のように真っ赤になった。
「楊兄さまに『かみさん』と呼ばれているのね。お嫁さんがそばにいないで、どうするの?」
 逆に程英にやりこめられて、今度は陸無双が赤面した。



 馬鹿にぃ。原文がどうなっているか気になるところだが、この訳は実にワカっていると言える。惜しむらくは、この呼称がここでしか使われていないことか。
 もっとも楊過は終始一貫して小龍女一すじなので二人の淡い恋も片思いで終わるわけだが、キャラの立ちっぷりを見るに少々もったいない気もしないではない。その意味では脇役も主演を張れるギャルゲという媒体は実に都合がよいのだが、そのうちどこかがゲーム化しないもんかね。オンラインRPGとかならすでに何作も(中華圏で)作られているようだが。

 少々話が逸れたが『神G剣侠』は大変面白いので、未読の人は是非手に取ってもらいたい。今なら徳間書店から全5巻で文庫化されているのでお求めやすいですよ。本来なら前作にあたる『射G英雄伝』を読んでからの方がいいのだが、これ単品でも面白いと思う。



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