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ルーシーは勝ち気でやや独善的な女の子で、自分は常に正しいと思っている。
こんなエピソードがある。
ある時、彼女はチャーリー・ブラウンら仲間たちの欠点を一覧表にして配った。
なぜそんなことをするんだ? とチャーリーが聞くと、彼女は傲然とこう言い放つ。「あなたたちが欠点を直せば、この世界はもっと住みよくなるからよ」
ここまで自信満々に言われると「オマエはどうなの」とはなかなか言えない。
一方で弟のライナスは子供っぽいところはあるものの、博学で頭の回転が早いインテリ型である。そんなちぐはぐな姉弟であるが、ルーシーはこの弟に対しては暴君のごとく振舞う。
一例を挙げよう。2人がテレビの前に座っており、そこでライナスがちょっとした疑問(を装った異議申し立て)を口にするシーンだ。
「どうして姉さんが選ぶ番組しか見られないの?」
「私のほうが腕力があるからよ」
「…これ、なかなかいい番組だね」
わ…分かりやすい…ッッ!
「強さとはワガママを押し通す力」――これは「兄」の専売特許かと思われがちだが、幼少の頃は女の子も大して変わんないよね。身に覚えのある世の弟くんも多いのではなかろうか。
もうひとついこう。先程と同じようにテレビを見ているシーン。
「アイスクリームをもってきてくれない?」
「自分でとってくればって言ったらどうする?」
「陽が沈むまであんたをひっぱたくわ。それから陽がのぼるまでひっぱたいて、また陽が沈むまでたたきつづける」
「チョコレート? それともバニラ?」
わ…ッ(略)
なんたる暴帝! 姉と弟の格差とはかくも絶対的なものなのかと、思わずライナスに同情してしまう。
さてここからが本題。「天下万民、我を尊ぶべし!」と大喝しても違和感のないルーシーだが(偏見です)、そんな彼女も時には己の人生について思い悩む。
このエピソードは、雨の降る日に彼女が窓際に頬杖をつき、外を眺めながら慨嘆するシーンから始まる。
「私の人生というのは失敗よ。もう生きることに飽きたの。今までの人生でこれほど気が滅入ったことはないわ」
あんだけ好き放題やっといて? と突っ込むなかれ。彼女は彼女で色々と大変なのだから。姉の呟きを耳にしたライナスは、知性派らしく次のように諭す。
「そんな気分になった時は、自分が感謝しなけりゃならないもののことを考えるべきだよ。つまりこの自分の恵まれている点、取り柄を数えるのさ」
なるほど、正論である。しかし正論というのは得てして感情的には受け入れ難いもの。いわんやルーシーをや、である。案の定、彼女はヒステリックに怒鳴り返す。
「私の取り柄なんて何もないわ。他の人が持ってるものの半分も私にはない。感謝すべきですって? 私が感謝すべきことなんて何があるのよ」
それに対し、ライナスはこう答える。
「そうだねぇ、ひとつ確かなのはお姉ちゃんのことを愛してる弟がいるってことさ」
Well,for one thing you have a little brother who love you.
これには虚を突かれたルーシーだが、感極まってライナスを抱きしめ、大声で泣く。姉の目にも涙というところか。なんだかんだ言って、家族のつながりというのは強固なものだ。
…てかこれ、結構な殺し文句だよね。やるなライナス。
ちなみに、主人公チャーリー・ブラウンとその妹・サリーの話でも心温まるものがあった。
真面目だけどなかなか物事がうまくいかない、悩める少年であるチャーリーに対し、サリーは口が達者で兄をたじたじさせることも多い…なんというか、女の子の早熟っぷりを体現したような少女だ。
そのサリーが庭でブランコに乗っているのだが、まだ小さいので自分でこぐことができない。そこで家の中の兄に助けを求める。
「ねえ、お兄ちゃん! 出てきてブランコを押してよ!」
「だめだよ! 宿題をやるんだ!」
「いま押しといたほうがいいわよ! 月日がたつのはアッという間なんだから…。
気づいたときには私は大きくなって結婚して、別の町に住んでるかもしれないわよ!」
最後のコマでは、溜息をつきながらブランコを押してやっているチャーリーと、ご満悦なサリー。なんとも微笑ましい情景だ。なんのかんのと言いながら、チャーリーはサリーが可愛くて仕方がないのだ(ルーシーと違って)。
と、こんな具合にスヌーピー…じゃなくて「ピーナッツ」の世界に親しみつつSnoopy Flying Aceの配信を待つのもいいんではないかな。どうせ戦いが始まればいつものように奇声を上げながら敵機に機銃をブチ込むことになるんだから。
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