11.11/06 その159 アメコミ映画のススメ――バットマン・オリジナルムービー


 バットマンなどというのは噂にすぎないというものもいた。ただの大袈裟な伝説……下水溝のワニのようなものだ、と。
 しかし、それを声高にいうものはいなかった。いつまでもいいつづけるものもいなかった。

――アンドリュー・ヴァクス「バットマン 究極の悪」



 「一番好きなアメコミヒーローは誰?」と聞かれたら、管理人はバットマンと答える。何かと派手な装いのアメコミヒーローの中にあって(ほぼ)黒一色のシックな出で立ちが管理人好みであるし、何ら特殊能力を持たない人間、地に足のついたヒーローという点もまた大きい。
 そして同時に、その危うさ――両親の死という悲劇と折り合いをつけられぬまま、何もかも犠牲にして自分を戦いの偶像に変えてしまったという歪さもまた魅力だ。それゆえ彼は社会の逸脱者であり、孤独なヒーローとして死ぬまで戦い続ける運命にある。
 そういう強さ、危うさ、そしてそのようにしか生きられなかった哀しみに、管理人は惹かれてやまない。

 付け加えておくと、映画『ダークナイト』やゲーム『Batman:Arkham Asylum』というそれぞれの媒体で歴史に残るような傑作に触れられたことも一因だと思う。
 今月にはゲーム版最新作『Arkham City』の日本語版(公式)も出ることだし、ここらでまたバットマンへの想いを確認できるような作品に触れてみよう、というのが今回の主題である。

 近所のTSUTAYAで見つけたこの作品↓に、管理人は心を打ち抜かれた。



バットマン・オリジナルムービー




 60年代に作られていたTVシリーズを元にした映画で、ギャグ満載のコメディムービーである。孤高のクライムファイターというバットマン像を確立させた「ダークナイト・リターンズ」からさかのぼること20年。まだ“闇の騎士”ではない、明るく愉快な面白ヒーローだったバットマンがここにいる。
 「バットマン・パーフェクトガイド」の著者であるスコット・ビューティーは「60年代に作られたくだらないTVシリーズ」などと書いているので、もしかすると黒歴史扱いなのかもしれないが、今ではまず見られないバットマン像を拝める映画として非常に楽しめた。目に映る全てが暴力的なまでのギャップに満ち溢れており、それがまた愉快でたまらん。

 具体的に挙げていくと、まず闇の騎士ではないから昼間でも活動する。


 また非合法のクライムファイターでもないので、公然と警察やその他の公権力と協力関係を築いている。


 そして恐怖を武器にしているわけでもないから、普通に市民から愛されている。


 管理人がバットマンに対して抱いていた「孤独でストイックなヒーロー」というイメージは開始5分で完全に吹き飛んだ。
 映画「ダークナイト」ラストで見せた悲壮な決意――犯罪者の汚名を着ながら、それでもなお戦い続けることを選んだ闇の騎士はここにはいない。誰からも愛され、賞賛される正義の味方としてここに在る。あの偏屈蝙蝠男にもこんな時代があったんだなぁと思わず涙ぐみそうになる。
 心に余裕があるせいか、顔つきもどことなく穏やかだ。


(左)オリジナル・ムービー (右)ダークナイト



 何だそのマユゲはと突っ込みたくなるが、(今の主流である)恐ろしげな顔をしたバットマンとは違って愛嬌があるではないか。正直あまりのギャップに目まいを覚える部分もあるが、たまにはこういうのも悪くない。
 『Batman:Arkham City』ではバットマンの外見を変えられるスキンが用意されており、デフォルメの効いたアニメイテッド版や老境にさしかかったダークナイト・リターンズ版など多様なものが揃っているが(→)、このオリジナルムービー版も欲しいくらいだ。一番弱そうだけど

 それともうひとつ、多種多様な「バットメカ」がずらりと出てくるのも本作の見どころだろう。「ダークナイト」でもターボ戦車ことタンブラーやバットポッドなどイカした乗り物が出てきたが、バリエーションでいえば圧倒的にこちらが勝っている。



バットカー バットサイクル

バットボート バットコプター



 わーお、すごくヒーローっぽいね!
 バットカーはまだしも他は目立ちすぎるだろ! と思ったが、よく考えたら人目を忍んで活動してるわけではないので別に問題はなかった。バットコプターで飛んでるとそれを見た市民が「キャー、バットマンよ! 素敵〜!」と歓声を上げるくらいだからね。

 そしてバットマンが戦うことになる悪役の皆さんがこちら。





左からリドラー(注:本作ではナゾラー)、ペンギン、キャットウーマン、ジョーカー。



 バットマン史に燦然とその名を残す大物ヴィランがそろい踏み。こっちはバットマンほど違和感はないなと感じるのは、すでにここまでの展開で十分に調教されたせいかもしれない。
 本作では彼ら4人が“悪人同盟”を組んで壮大な悪事を計画し、またその障害となるバットマン抹殺のため共闘することになる。ワーオこれにはさすがのバットマンも大ピンチですよ。劇中でも「4人が組んだらこの町どころでなく世界を狙うだろう」とその脅威っぷりにお墨付きを与えているし、悪のドリームチームと呼ぶにふさわしい顔ぶれである。

 言い忘れたが、本作は話のスケールが無駄にでかいのも特徴だ。彼ら悪人同盟の矛先もゴッサムシティ(本作の訳ではゴーダムシティ)を跳びこえ、国際社会を標的にした大がかり(?)なものになっている。
 だがそういうスケールをちっとも感じさせないのがこの映画のいいところだ。
 悪人同盟のバットマン抹殺計画も実に牧歌的で微笑ましい。



リドラー「ジョーカーのびっくり箱からスプリングが飛び出し、ヤツらは
     あの窓から転げ出し海の中に落ちる。そこにはペンギンの作った
     ダイナマイトダコが待ち伏せしてるって寸法だ」



 得意げに「影牢」みたいなプランを開陳するリドラー。自滅フラグがぷんぷん臭う4人だが、意外なことに彼らは口喧嘩はしても仲間割れはせず、実に手際よくバットマンを追い詰めていく。
 といっても別にジョーカーがキリングジョークばりの悪魔的策謀を巡らせるわけではなく、バットマンが全体的に間が抜けているのが要因なのだが。


例1:サメに襲われるバットマン





例2:キャットウーマン(変装)の色仕掛けに引っかかるバットマン




 キャットウーマン(変装)とデートの約束を取り付け「今夜は素晴らしい夜になるぞ!」とウキウキしながら出かけるバットマンはちょっと可愛い。現代のバットマン――犯罪との戦いのためにあれもこれもどれも犠牲にした闇の騎士より人間味がありますよ。ヒーロー的にやや残念な部分があるのは否定しないが。

 お間抜けっぷりの極みが物語終盤でニューヨーク国連ビルへ向かう場面。悪人同盟の標的が安全保障会議に集まる各国代表であることを(リドラーのナゾナゾによって)知ったバットマン&ロビンだが、バットコプターが大破し路上で立ち往生してしまう。
 タクシーでビルへ乗りつけようと急かすロビンに対し、バットマンはこう言い放つ。

「体調は今や絶好調だ。ジョギングでも十分に間に合う。いくぞ!」




 白昼堂々ニューヨークの通りを駆けるヒーロー二人。

 そしてビルに駆けつけた(ヒーローなので受付は顔パス)二人が会議室で目にしたのは…。







 間に合ってねぇ。


 ジョギング云々のくだりは字幕だと「この時間は混んでるから走った方が早い」と一応筋の通った台詞になっているのだが、原語のニュアンスは吹き替えの方が忠実なようだ。妨害を受けたんならまだしも、余裕ぶっこいて失敗しちゃうのは駄目じゃないのかブルース。
 悪人同盟に出し抜かれて「悪知恵の働く連中だ」憤るバットマンだが、キミは見通しの甘さを反省すべきだと思います。

 こういう痛恨のミスをやらかしたり、悪人同盟のくりだす面白トラップにことごとく引っかかったりなど期待を裏切らないバットマンだが、それでも彼が憎めないのは、ヒーローとしてのハートをしっかり備えているからだろう。

 例えば管理人が本作で一番の名シーンだと思っているこの場面↓





 もしこの映画がゲーム化したら確実に必殺技として採用されるであろう絵面だ。
 タネを明かすとこの爆弾は悪人同盟が仕掛けたもので、バットマンはその被害を最小限にとどめるべく捨て場所を探して奔走するという場面である。
 しかし通りはどこもかしこも人であふれており、池に捨てようとするとそこには元気に泳ぐアヒルちゃんが!
 画面の中で右往左往するバットマンを見ているうちに、管理人の脳裏には『キングダム・カム』でスーパーマンがバットマンにかけた言葉がよみがえってきた。


「君はこれ以上人が死ぬのを見たくないから、何もかも捨ててバットマンになったはずじゃなかったのか?」


 そうだ……双葉アメコミスレの住人も言っていた。スーパーヒーローの本分は悪人を倒すことではなく、善人を守ることだと…! どんな命も犠牲にすまいと走るバットマンの姿には、間違いなくヒーローとしての輝きが宿っている。
 それでいて画像一枚で笑いが取れるインパクトがまた素晴らしい。お笑いと気高さが一体となった希有なシーンではなかろうか。

 このように『バットマン・オリジナルムービー』は、おおらかな雰囲気の中にお笑いとヒーロー精神を盛り込んだ良作だと管理人は思う。しいて不満点を挙げるなら、いまいちジョーカーの見せ場が少ないところか。バットマンを出し抜く役どころはキャットウーマンやペンギンに持っていかれ、挙句リドラーに「バットマンをからかうのは俺の生きがいだ」などと彼のアイデンティティともいえる台詞を奪われる始末。
 見た目はインパクトあるんだけどね。




 とはいえそれを差し引いても十分楽しめるのは間違いないので、「バットマンよく知らないし…」という人はこの映画を観て予習し、11/23の『Arkham City』に備えるとよいと思う。



追記:
 今回トップに使った画像はOVA『バットマン・ゴッサムナイト』から抜粋した。日本のアニメ会社が製作を担当したオムニバスシリーズで、多様なバットマンのエピソードが6編おさめられている。


 画像はそのひとつ「闇の中で(In Darkness Dwells)」で、全編にわたってスタイリッシュな演出が光りまくる傑作。
 ストーリー的には少年たちがそれぞれのバットマン目撃談を語る「俺たちのスゴい話(Have I Got a Story for You)」が面白いが、画づくりのセンスではこれが最も管理人好みだった。

 来年には映画の『ダークナイト:ライジング』が公開の予定だが、またこういう企画をやってみるのも面白いのではないか。今度はひとつくらいオリジナル・ムービーみたいなギャグ系も交えてさ。
 本場のコミックアーティストによるバットマンアンソロジー『ブラック&ホワイト2』ではコメディも何篇か入っているし、センス次第ではアメリカでも受けると思うんだがなぁ。
 なんなら萌え系でもいいよ! 主要人物全員美少女化とか! なーに本国でも性別反転ネタとかやってるから大丈夫だって!



※過去のアメコミ更新
雑文その141・アメコミのススメ――『グリーンランタン:リバース』
雑文その140・アニメ版X-MENがいい感じらしい
雑文その135・アメコミのススメ――『キングダム・カム』

※過去の映画更新
雑文その155・対独爆撃部隊ナイトウィッチ――乙女たちの挽歌
雑文その118・Snoopy Flying Ace――ちょっと映画の話もね
雑文その114 360ユーザーならGWは映画観て過ごそうぜ!



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