13.12/24 その198 バットマン:アーカム・ビギンズ――全部若気の至りです






 いいかいアルフレッド、男にはクリスマスイヴだと分かっていても戦わねばならない時があるんだ。だからそんな悲しそうな目で見るのはおよし。チュウするぞ。

 ま、バットマンに限らずこの時期は誰も彼も忙しそうにしてますな。

・年末進行(主に出版関係の人達)
・年末親交(恋人とデート、あるいは友達と遊ぶ人)
・年末信仰(真面目にキリストの誕生を祝う人)
・年末侵攻(BF4プレイヤー)
・年末沈降(クリスマス前に恋人に別れ話を切り出された人)


 もちろん我らがバットマンもアルフレッドの心配をよそにクリスマス営業ですよ。…いや、彼の場合は通常通り営業って言ったほうがいいな…。

 というわけで、バットマンの悪夢のようなクリスマス・イヴを舞台にした『バットマン:アーカム・ビギンズ』(原題=Batman:Arkham Origins)をクリアしました。サブミッション等の寄り道はさておき、ぱっと一周した評価としては75点といったところだ。
 今回はそのレビューと「これを読めばビギンズがより楽しめる!」という邦訳コミックを管理人の好みで選んでみた。この忙しい時期に全部見てられねえよという人は下の項目別リンクから適当に飛んでほしい。



バットマン:アーカム・ビギンズ
 ・総評
 ・良いところ――戦闘編
 ・良いところ――キャラクター編

お勧めしたいバットマンコミック
 『バットマン:ノエル』
 『バットマン:ラバーズ&マッドメン』
 『バットマン:マッドラブ/ハーレイ&アイビー』







★総評

 「最も高い評価を得たスーパーヒーローゲーム」としてギネス入りを果たした1作目「アーカム・アサイラム」、箱庭形式にリファインして可能性を広げた2作目「アーカム・シティ」に続く3作目となる『ビギンズ』。1・2とは制作スタジオが異なるため不安もあったが、フタを開けてみるとシステムなど大部分が前作そのまんまなゲームになっており拍子抜けした。
 コンバット&プレデタースタイルの戦闘や、高低差のあるマップを滑空で飛び回る移動システムなど優れた部分は受け継いでいるが、それをさらに飛躍発展させた新要素などはない。安定感はあるが、たった3作目で守りに入ってどうすんだと言いたくなる。
 最大の独自要素としてシリーズ初の対戦モードがあるものの、初期不良が続発したりそもそも人が少ないといった事情でシングル部分の欠点を補うには至っていない。

 管理人が最も残念に思ったのは、街中をうろつくチンピラたちのおしゃべりがほとんど聞けなくなったことだ。どうも一部を除いて字幕が出ない仕様になっているようで、ヒアリング能力がない人は蚊帳の外に放りされている状態だ。そもそもバリエーションも前作比で減少している気がしなくもない。
 前作『アーカム・シティ』のチンピラたちは、バットマンの噂話をしたり、どうでもいいことをくっちゃべっていたりと実に人間味豊かだったが、今作は「ただそこにいるだけ」のモブキャラに成り下がっている。前作の楽しみの一つがこの悪党ウォッチングだっただけに、この仕様は非常に悲しい。
 ただ良い点もないではないので、いくつか挙げてみよう。



★良いところ――戦闘編

 管理人がこのシリーズで最も気に入っている戦闘システムについては、スペシャルコンボをストックして連続で使えるようになったり、さらに歯ごたえのある敵が出てきたりと面白くなった。特に初登場の「武道家」は2連続カウンター必須の攻撃を繰り出してきたり、こちらのカウンターをカウンターで返してきたり(その後さらにカウンター可)と、戦っていて楽しい。
 コンボが途切れてウザいと嫌う人も多いが、受けたり捌いたり躱したりという攻防の描写が好きな管理人としては好きな敵である。

 また新要素として「ショックグローブ」という攻撃にパンチに電気をまとわせる攻撃が可能になった。敵を倒すごとにチャージされていき、発動させると通常攻撃が効かない重武装の敵や盾持ちも正面から殴り倒せる。
 ちょっと強すぎるんでは? と思わなくもないが、今回敵も厄介な連中が多いのでトントンだろう。



グローブの元の持ち主であるエレクトロキューショナーさん



今回のネタ枠



 あと、今作から戦闘シーンになるとバットマンがファイティングポーズを取るようになったのだが…個人的にこれはあまり良くない。前作までのバッツはどんな敵を相手にしても構えなどはとらず、無形の位とでもいうべき自然体の立ち姿だった。そこからカウンターなど激しいアクションを繰り出すため静と動のコントラストが際立っていたし、何より黒い影法師のような立ち姿がカッコよかった。
 武装した悪党どもに囲まれながら、無人の野に立つように落ち着いたバットマンという、カッコ良すぎる画がなくなってしまったのは残念だ。



★良いところ――キャラクター編

 今作は『ビギンズ』(Origins)のタイトルが示すように、前作、前々作よりも過去の話になるが、かといって「バットマン誕生の物語」ではなかったりする。バットマンはすでにクライムファイターとして活動し悪党連中に名前も知られている。
 しかしゴードン警部やジョーカーとの初遭遇が描かれおり、後に“オラクル”となってバットマンをサポートするバーバラ(ゴードンの娘)や、“ハーレイ”となってジョーカーの片棒を担ぐハーリーン・クィンゼルも登場しており、ファンにとって見所は多い。その意味ではシリーズ初体験の人よりバットマンファン向けといえるだろう。
 特に今回のジョーカーは凶暴さが増しており、これまでとはやや変わったヤバさを発揮している。若いせいか髪の毛の量も多くて逆立ってるし、なんというかギラギラしてますな。


左:アーカム・アサイラム  右:アーカム・ビギンズ    






 このジョーカーと並び大ボス格として立ち塞がるのがベインというのも美味しい。前作・前々作ではパッとしない扱いだったが、今作では傭兵団を率いて力とカリスマを備えた貫禄あるヴィランとしての登場である。
 そのわりには何で最後ああなったと言いたい気持ちも多少あるが…まぁ前作までと比べればマシになったのは確かだ。



    左:アーカム・シティ  右:アーカム・ビギンズ



 バットマンの永遠の宿敵であるジョーカーと、バットマンを一時引退に追い込んだベインという映画ではなしえなかった二大巨頭の競演はまことに美味しい。
 その割りを食らって悲惨にもほどがある扱いを受けたヴィランもちらほらいるが(ヒント:ビリビリ)、中盤からのストーリーはかなり引き込まれる。物語については前作より上だろう。

 またクリア後、個人的に嬉しいサプライズがあった。
 管理人が大好きなバットマンコミック『バットマン:ノエル』のスキンがあったこと。




 コミックにおけるバットマンのコスチュームは、他のヒーローと同様「全身タイツ」が主流だった。この『バットマン:ノエル』――というより、作画を担当するリー・ベルメホが描くバットマンは、その点かなりリアリスティックな造形になっており、そこがカッコいい。
 といってもゲームオリジナルのバットマンもリアル寄りなので、知らない人にはあまり差が感じられないかもしれない。
 でも、やっぱり好きなんですよこのデザイン。これがあったというだけで多少の欠点は目をつぶってもいいかなという気になった。それに『バットマン:ノエル』は話もすごくいいのよ。クリスマスの話だし、今の時期に超お勧めです。

 ちょうどアメコミの話になったので、個人的に「これを読めばさらにアーカム・ビギンズが楽しめる!」という邦訳コミックを紹介して締めとしたい。



★お勧めしたいバットマンコミック


『バットマン:ノエル』



 管理人がアメコミで好きなアーティスト(作画担当)の筆頭にあげたいのがリー・ベルメホ。リアリスティックな造形や絵画的で重厚感ある塗りが特色で、特に彼の描くバットマンのデザインは非常にカッコいい。
 リー・ベルメホのアートが拝めるバットマンコミックとしては、『JOKER』という名前のとおりジョーカーをメインにした超傑作があるのだが、クリスマスが舞台ということでこれを挙げたい。
 古典的名作「クリスマス・キャロル」をバットマンのキャラで再構成した作品で、薄情な金貸しのスクルージ役に犯罪を憎むあまり冷酷で断罪的になったバットマンを配している。

 原作でスクルージにこきつかわれるボブ・クラチットのポジションにいるのは、本作のオリジナルキャラであり原作と同名のボブ。ジョーカーの下でケチな運び屋をやっており、幼く病弱な息子を養うため心ならずも悪事の片棒を担いでいる男だ。バットマンはそういう事情を知りながらもボブを「雑魚」と呼び、ジョーカーをおびき出す囮に利用する。
 彼の眼に映るボブは1人の人間というより、蔓延する犯罪の一側面でしかない。バットマンは孤独な戦いの中でその信念を強固なものにしていき、いつしか人を許したり信頼したりする心の余地を失っていったのだ。仕事と稼ぐカネのことしか頭にないスクルージと、その後ろ姿はよく似ている。

 原作ではそんなスクルージの前に「過去・現在・未来の精霊」が現れるが、本作でもバットマンシリーズで有名なキャラクターたちがその役を担い、犯罪との戦いに取り憑かれたバットマンに己を見つめなおすよう迫る。
 過去の精霊は、古くからバットマンとつかず離れずの関係を保ち、今のように偏狭になる前のバットマンを知る人物。現在の精霊は彼に近い位置にいながら全く違う目線で世界を見、人間の温かな面こそを信じる人物。
 そしてスクルージに絶望的なビジョンを見せる未来の精霊は、バットマンの邪悪な鏡像ともいえるあの人物だ。そこでバットマンは、自身の信念が暴走した果ての世界を垣間見る。


 法の枠組みに囚われず正義を行うことがバットマンの存在証明だが、それは独善に走りかねない危険な面も併せ持つ。本作の「スクルージ=バットマン」の構図は突飛に見えるが、彼が宿命的に持っている危うさをよく表現している。
 そして原作がスクルージの再生の物語であったように『バットマン:ノエル』もバットマン再生の物語だ。スクルージのように劇的に生き方を変えるわけではむろんないが、「狼ばかり探していた」彼の目線が少しだけ、だが確かに変わる。
 大まかな起承転結だけを追えば、物語の筋は大体「いつものバットマン」といえるかもしれない。手がかりを元に悪党を追い、対決し勝利する。しかしその中で語られているのは、バットマンの持つ宿命的な闇とそこからの救済ともいえる。

 本作の物語はある時点までクリスマス・キャロルを忠実になぞっているが、ラストはそこから離れて「救済」というテーマに向かって収束していく。
 犯罪者を罰し捕えることしか頭になかったバットマンには、いつしか人を救うということを忘れていた。そんな彼が本当の意味で誰かを救った時、それは同時に自分自身をも救うことにもなったのだ。


 多くの超人系スーパーヒーローと違い、バットマンは己の意志と力で自分自身を創り上げ、維持しているヒーローだ。それを支えているのは自身の悲劇を昇華させた、正義を希求する信念だろう。彼にとって信念とは自分自身の構成要素といってもいい。
 しかし信念は時として――純粋になればなるほど――排他的になる。この危うさはそのままバットマンの危うさとしても通用する。この危険性に踏み込み、そこからの救済を描いている点が『バットマン:ノエル』の真価ではないかと管理人は思う。


 ゲーム版に「バットマン:ノエル」のスキンがあるのは上で述べたが、再現度に関して言えば79点くらいかな…。リー・ベルメホの絵はコントラストがくっきりしているためコスチュームも黒のインパクトが強いのだが、ゲーム版はちょっと淡い感じだ。またマスクもガーゴイル像のように険しい表情を浮かべているのだが、そのあたりも少々弱い。
 まぁ長いこと待ち続けたベルメホ版バッツだし、あるだけでも嬉しいですけどね。クリスマスプレゼントだと思って思う存分使うよ。




『バットマン:ラバーズ&マッドメン』



 活動を始めて間もないバットマンとジョーカーの誕生を描いた物語。
 ジョーカー誕生を描いた作品は幾つもあり、中でも『バットマン:キリングジョーク』はジョーカーの「世界は全て馬鹿げたジョーク」という観念に込められた哀しみも描き出し、名作との評価が高い。
 このジョーカーはかつては売れないコメディアンという犯罪とは無縁の人物だったが、『ラバーズ&マッドメン』でジョーカーとなる人物“ジャック”は、凄腕の犯罪プランナーで銃の名手という悪党のトップエリートである。請ける仕事の成功率は100%、どんな仕事も容易くこなせてしまい、仕事と人生への熱情を失ってしまった男だ。そんな彼がバットマンとの出会いを通し、再び魂に火をつけられる、という物語なっている。

 先にあげた『キリングジョーク』やティム・バートンの映画版バットマンと同じく、本作でもバットマンがジョーカー誕生に関わっている。しかしジョーカーとなる前からバットマンに注目し、より強い執着を見せるあたりはゲーム版のジョーカーとかなり近い。

「あんたのおかげさ。あんたがコウモリごっこを始めるまで、俺は自分が何をしたいのかわからなかった」

 『アーカム・ビギンズ』では劇中でジョーカーの回想(混濁した記憶?)によりそのオリジンが垣間見られ、「レッドフード」に扮しているシーンは『キリングジョーク』を思い起こさせる。しかしゲーム版のジョーカーがかなり武闘派寄りになっている点は『ラバーズ〜』に近い気もする。
 また劇中、ジョーカーが[ネタバレ反転→ビルから落下するところをバットマンが身を挺して救う]シーンは『ラバーズ』のそれを思い起こさせる。

 本作のアートはクセがあるのでややとっつきにくいが、プロの犯罪者としての凄味とどうしようもない狂気を兼ね備えたジョーカー像は魅力的だ。何気にハーレイが登場しているのもポイント高い。

 個人的にダメ出ししたいのは、バットマンのコスチュームがショートパンツ風で少々カッコ悪いことろか。あれさえなけりゃなぁ。




『バットマン:マッドラブ/ハーレイ&アイビー』



 前作、前々作でジョーカーの助手兼愛人として暗躍したハーレイは、もともとアニメから派生したキャラだそうだ。それをコミックに逆輸入する形で描かれたのがこの作品。「マッドラブ」と「ハーレイ&アイビー」の2作品を収録したものだが、前者がハーレイのオリジンを描いている。
 アーカム・アサイラムに勤める若き研修医ハーリーン・クィンゼルは、凶悪犯として怖れられるジョーカーのセラピーを受け持ち、彼が抱えた心の傷を知る。しかしそれはジョーカーの計略であり、やがて彼女はジョーカーの虜となって「ハーレイ」と名乗り行動を共にするようになる…。

 と書くとサイコスリラーみたいだが、基本的にはコミカル調であり、誰もが恐怖する犯罪道化師のジョーカーが、ハーレイの熱烈なアタックにウンザリさせられるなど笑いを誘う描写が多い。メインのストーリーラインも「ハーレイがジョーカーを振り向かせるためバットマンを罠にかける」というもので、彼女のズレた頑張りっぷりが微笑ましい。またバットマンも知略で絶体絶命の窮地を切り抜けたりなど「バットマンらしさ」はしっかり備えている。

 ちなみに本作におけるジョーカーは、笑顔を絶やさないイメージとは裏腹に「どうやったら最高のジョークでバットマンを葬れるか」という計画立案に頭をひねるなど、渋面で悩むシーンが多い。ジョーカーらしくないジョーカーともいえるが、自分を診察しているハーリーンを逆に心理的に掌握するなど、底知れなさもちゃんと備えている。ブラックなラストシーンは特に印象的だ。

 『ビギンズ』ではブラックゲート刑務所に収監されたジョーカーがハーリーンにバットマンへの情念と自らの過去を語るが、ニヤリとしたファンも多いことだろう。字幕が長すぎて閉口した人も多いだろうけど。


 一方『ハーレイ&アイビー』は、タイトルの通りハーレイとポイズン・アイビーの女性ヴィラン2人がコンビを組んで悪事を働くショートストーリー集。マッドラブの黒さはなりを潜め、ガールズトークを交えたドタバタなクライムアクションになっている。
 元研修医とは思えないほど欲望全開・アホの子全開なハーレイと、クールな突っ込み役のアイビーのやり取りが面白い、というか非常に萌える。パンチラやシャワーシーン、植物のツタを使った擬似触手シーンなどサービスカットも用意されており、見所が多すぎて困ってしまう。
 現在邦訳されているバットマンのコミックは渋めで暗いトーンの話がほとんどだが、そんな中にあってポップで明るいこの作品は貴重だ。こういう路線のものももっと邦訳してほしいものである。



 この後「ゲーム版のゴードンが意外と強い理由」として『バットマン:イヤーワン』についても書こうと思ったが、そろそろイヴが終わりそうなのでこれで切り上げる。早く寝ないとサンタさん来てくれないと思うから。じゃあね! 皆も良いクリスマスを!



※過去のバットマン更新
雑文その177・アメコミのススメ――バットマン:オリジナルコミック・ライジング
雑文その164・Batman:Arkham City――俺の拳骨がゴッサムを救う
雑文その159・アメコミ映画のススメ――バットマン・オリジナルムービー

※過去のアメコミ更新
雑文その186・リアルヒーローのススメ――隣の町のスーパーヒーロー
雑文その177・アメコミのススメ――バットマン:オリジナルコミック・ライジング
雑文その168・アメコミのススメ――『ウォーキング・デッド』
雑文その160・映画も公開することだし「けいおん!」の話でもするか
雑文その159・アメコミ映画のススメ――バットマン・オリジナルムービー
雑文その141・アメコミのススメ――『グリーンランタン:リバース』
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雑文その135・アメコミのススメ――『キングダム・カム』



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