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14.12/09 その216
銀行強盗のススメ――『ゴーストマン 時限紙幣』





私は強盗の中で一番運がいいわけでも頭がいいわけでもない。それでも、捕まったことはない。職務質問されたことも指紋を採られたこともない。この仕事にすこぶる向いていたということだ。これまで生き残ってこられたのは、どこまでも注意深かったからだろう。私はひとりで暮らし、ひとりで寝て、ひとりで食べ、誰も信用しない。
――ロジャー・ホッブズ『ゴーストマン 時限紙幣』



 書店で銀行強盗の小説を探していた時に目に留まった『ゴーストマン 時限紙幣』が面白かった。
 弱冠24歳という若い作家のデビュー作にもかかわらず英米のミステリー賞をかっさらったという話題作なので、普段からこの分野をチェックしている人にはもうお馴染みだろう。でも海外ミステリーファン以外の人達――Payday2に首まで浸かっている悪党ゲーマー及び強盗予備軍にも是非薦めたいので、今日はその話をする。

 その前に、本作における「武装強盗の役割」について説明しておこう。


俺はリーダー、ジャグマーカー。通称仕掛け人。強盗の立案と脅しの名人。俺のような天才策略家でなければ百戦錬磨の悪党どものリーダーは務まらん。

俺はボックスマン。通称金庫破り。自慢のテクノロジーで金庫はみんなイチコロさ。ハッキングかまして、パスワードからキーコードまで、何でもそろえてみせるぜ。

よおお待ちどう。俺様こそホイールマン。通称逃がし屋。ドライバーとしての腕は天下一品!奇人?変人?だから何。

ボタンマン。通称兵隊。荒事の担当だ。FBIでもブン殴ってみせらぁ。でもブタ箱だけはかんべんな。

俺たちは厳重警備の銀行に敢えて挑戦する、頼りになる神出鬼没の武装強盗Aチーム! 助けを借りたい時は、いつでも言ってくれ!


 あ、ごめん肝心なの忘れてた。
 「ゴーストマン」。変装の達人であり、犯罪の痕跡を消すことを役目としている。ゴーストマンに名前はない。過去もない。誰でもないし、ゆえに誰にでもなれる。
 本作の主人公がこのゴーストマンである。
 一応断っておくと、本作は上記の面々が仲良くチームを組んで仕事をする話ではない。そういうエピソードもあるが、本筋は主人公のゴーストマンが断れない依頼を受け、タイムリミットが迫る中で真相を解き明かそうとする話である。

 事の発端は名うてのジャグマーカー、マーカスが仕組んだ現金輸送車の襲撃から始まる。簡単に片付く仕事だったはずが、実行犯のひとりが金をとともに行方をくらましたことから事態は急転。実はこの金、連邦準備銀行から運ばれていた「爆弾付きの金」と通称される代物で、48時間が経過すると爆発するインク爆弾ダイパックの強化版みたいなものだろう)が仕込まれていたのだ。
 マーカスはこれを商売敵に掴ませて破滅させようと目論んでいたが、金が消えたことで一転して苦しい立場に置かれる。この窮地を脱するには爆弾が作動する前に金を見つけ出し、その存在を葬らねばならない。そこで白羽の矢が立ったのが、犯罪の痕跡を消すプロ――ゴーストマンの“私”だった。
 過去にマーカスの仕事をしくじったことで借りがある“私”は依頼を受けざるをえず、迫り来るタイムリミットの中で実行犯と金の足取りを追い始める……。

 こんな感じで“私”ことゴーストマンの一人称で進む犯罪小説である。誰にでもなれ、どこへでも入り込めるゴーストマンの技術、そしてプロ犯罪者の嗅覚をいかし、アトランティックシティの裏街道を探りまわるわけだ。

 この小説の何が魅力的かというと、犯罪以外の要素をすっぱり切り捨て、ひたすら犯罪者たちの世界を描くことに終始している点だ。カタギの女性とのロマンスとか捜査官との男の戦いとかは一切ない。登場人物の9割が犯罪者で、プロの犯罪者からヤク中のチンピラまでよりどりみどり。そんな彼らの生態や技術、掟や哲学などがゴーストマンの目を通して仔細に語られている。例えばジャグマーカーが犯罪者たちを震え上がらせる処刑の手口や、ホイールマンが車から読み取る情報の数々、犯罪者たちが万が一に備えて用意する「逃走キット」の話など、細かい薀蓄には事欠かない。

 そもそも物語の語り手であるゴーストマンにしてからが、犯罪のスリルのみを糧に生きているようなストイックなキャラクターだ。彼にとって“ゴーストマン”とは役割ではなく生き方そのものであり、いざとなれば20分で高飛びできるような質素な暮らしも淡々と受け入れている。彼を筆頭とした彩り豊かな犯罪者たちの「うきうき悪党ウォッチング」という面こそ本作の一番の特色であり魅力だろう。
 ゴーストマンの師である美貌の天才詐欺師アンジェラも非常に魅力的だが、ジャグマーカーのマーカスも印象的なキャラクターだ。完璧な計画を立てて強盗をディレクションする切れ者で、実行メンバーには莫大な報酬を約束するが、失敗は許さない残忍さも兼ね備える。
 暗黒街ものの楽しみのひとつは独創的な拷問や処刑の描写だが、本作でもマーカスとあと1人がその需要を満たしてくれている。ヒントは「ナツメグ」。あとひとつは「スプレー缶」。
 こういう「日常生活のアイテムを使ってエゲツないことしちゃう系」って凄味があるよね。見るからに物騒な凶器とか大がかりな拷問器具を使うヒトより手馴れてるって感じがするよ。


 あ、もうひとつ特色があった。Payday2プレイヤーにお薦めできる要素が。
 本筋のストーリーは銀行強盗と無関係なのだが、ゴーストマンが今回の依頼を受ける遠因となった「5年前に失敗した銀行強盗」も同時進行で語られている。一流のメンバーを集めて高層ビル最上階の銀行を襲うというもので、こっちもボリュームがあって面白い。
 本筋は推理もの、過去編はケイパー(強奪)ものであり、いうなれば2種類の小説を詰め込んだ豪華仕様ともいえる。


 ここまで褒めちぎってきたが、残念な点もないではない。
 ゴーストマンの本来の仕事である「犯罪の痕跡を消す」という部分がきちんと描かれていないのは減点対象だろう。本筋の「消えた金の調査」はどちらかといえばイレギュラーな依頼のはずだし、過去編の銀行強盗は失敗に終わるため事後処理の出番がない。強盗で最も重要なのは「逃走」だと言われるが、その逃走を助けるという意味でゴーストマンの能力は最大限に発揮されるはずなのだ。
 そういう成功例が劇中でろくに語られていないため、読み終わって「そういえばゴーストマンて何をする人だっけ?」みたいな疑問が湧いてしまう。

 とはいえこれも「強いて言えば」というレベルの問題なので、十二分に楽しめる作品であることは間違いない。
 これから出るであろう文庫版ではゴーストマンの過去を描いた短編が収録されるという噂があるが、それまで待たずにハードカバーを買う価値はあると思う。
 悪党たちの世界に浸りたい人には特に。



追記:
 この小説を読んでいて、本筋とは別に強く興味を惹かれた部分がある。


「どういうご用件かな、ジャック?」
「ホイールマンが要る」
 いっとき相手は黙った。“ホイールマン”というのは犯罪者のスラングだ。そのことばの歴史はジョン・ディリンジャーやシカゴのマフィアによる銀行強盗の初期の時代にまでさかのぼる。ジャグマーカーの元祖、ハーマン・ラムの造語だ。元軍人として、ラムは軍事作戦のように強盗を計画した最初の男だ。



 ジャグマーカーの元祖、ハーマン・ラム。
 この人物こそ、フィクションで描かれる『プロフェッショナルとしての銀行強盗』の元祖ではないだろうか。





Herman Karl Lamm(1890-1930)


 英語版Wikipediaによれば、元はプロイセン(ドイツ)の軍人だったが不法行為で軍を追われ、アメリカに移住。以後は無法者に宗旨替えして武装強盗を生業にするようになったらしい。

 彼は軍事作戦のノウハウを銀行強盗に応用し、それまでの無鉄砲な強盗とは異なる厳密で効率的な強盗の手口を編み出した。銀行内の地図を詳細に検討し、仕事を行うメンバーに「ロビーマン」「ボルトマン」「ゲッタウェイ・ドライバー」といった役割を持たせ、時には銀行の実物大模型を作って予行演習を行ったらしい。このあたりは特殊部隊の演習を彷彿とさせる。
 逃走についてもおそろしく綿密に計画したようで、「キャットロード」と呼ばれる10/1マイルの地図を詳細に検討して逃走ルートを決め、様々な気象条件の下で何度もテスト走行するという念の入れようだった。また逃走用の車両は見た目は普通でありつつ強力なエンジンを搭載したものを用意し、ドライバーにはレーサーをスカウトしていたらしい。
 これらの「ラム・テクニック」は後に“パブリック・エネミーNo.1”として知られるジョン・デリンジャーにも受け継がれ、以後の銀行強盗の形式を変えた。そのためラムは「現代銀行強盗の父」とも呼ばれるそうだ。

 まさしく「アート・オブ・クライム」の泰斗というべき悪党だろう。この人物についてもっと知りたくなったが、残念なことに彼について書かれた本は日本では出ていないようだ。米アマゾンで検索したところ1件だけ見つかった。




ハーマン“バロン”ラム――現代銀行強盗の父


 「バロン(男爵)」というのは彼のあだ名だが、これは自称という説もある。元はプロイセンの貴族に連なる血筋だったのかもしれないが、そんな人物がアメリカに流れて無法者になるという流れも実に興味をそそられる。これどこか翻訳してくれませんかね。マジで。



追記2:
 銀行強盗についてあれこれ検索していたら、リアル銀行員の方による強盗の手引きを見つけた。

銀行に強盗に行こう!(銀行員のぶっちゃけ話)


 「監視カメラの精度は大したことない」とぶっちゃけているが、実際のところ犯人の視覚情報で決め手になるのは行員の皆さん方の分散チェックが大きいのだろう。防犯訓練のニュースなどでも詳しく報道されているが、一人は犯人の顔、一人は上半身、もう一人は下半身というように担当を決めて記憶するとのこと。
 『ゴーストマン 時限紙幣』では強盗が派手なマスクを被る効用について、そっちに注意がいって全体の印象がおぼろげになる、ということを言っていたが、これならわりと対応できる……のかな?
 あと視覚情報で意外と判別しにくいのが犯人の「身長」だそうだが、これについては銀行内の観葉植物を一定の高さに揃えておくことで、それより高かったか否かで絞り込めると聞いたことがある。
 とはいえ…リンク先にもあるように「銀行の支店には大金なんて置いてない」ということが一番の強盗よけになりそうな気がする。

 アメリカだとその辺の事情も違うのかもしれないが、それでも近年では銀行強盗は減っているらしい。

米国の銀行強盗が大幅減─もう割に合わない?(ウォール・ストリート・ジャーナル)


 2013年初頭の記事だが、サイバー犯罪の増加によって現金を狙う銀行強盗は急激に減少しているとのこと。最も銀行強盗が多かったのは1991年で、発生件数は9400件近くにも上ったが、90年代のうちにはすでに減少傾向が出てきたそうだ。

 思えば90年代後期を舞台にした『強盗こそ、われらが宿命<さだめ>』でも、強盗のダグとFBI捜査官のフローリーは共に自分たちが“時代遅れ”になりつつあることを自覚していた。
 少し長いが引用してみよう。


秘技を用いる熟練工がみなそうであるように、プロの銀行強盗は縁起をかつぐ。フローリーも彼なりに縁起をかついで、それらには手を触れない。彼自身、滅びゆく熟練の技を学ぶ人間、銀行を守る探偵の長い列の最後にいる人間だからだ。その血脈は、初めて駅馬車を護衛したピンカートン探偵社までたどることができる。
クレジットカード、デビットカード、スマートカード、そしてインターネット決済――現金無用の社会の夜明けは、これまでの銀行強盗の黄昏と、新種の強盗の誕生を意味する。
(中略)アダム・フローリーは間もなく時代遅れになる。銀行、金庫、そしてそれらを襲う輩についてフローリーが蓄えてきた技術やノウハウのすべて、これから学ぶことのすべては、最後の銀行強盗捜査官である彼とともに死に絶える。


 映画版『ザ・タウン』は時代設定が現代に変更されていることもあり、こういう「時代に取り残される者たちの哀しみ」みたいな要素はない。大好きなんですけどね、こういうの。
 ちなみに『ゴーストマン 時限紙幣』冒頭で襲撃される現金輸送車はカジノで扱う金を運ぶものだった。マーカスいわく「今じゃ並みのカジノで並みの銀行を六軒合わせた以上の金が動いている」そうで、獲物としてはそっちが美味しいらしい。どこまでがリアルでどこからがフィクションかは分からないが、なんだか納得させられる設定ではある。
 ゴーストマンの物語は「悪党たちの黄昏」ではなく今まさに始まったところであり、これから21世紀に相応しいアート・オブ・クライムを魅せてくれるだろう。

 まぁ管理人のような善き市民はゲームで強盗するのが一番ってことだね!(笑顔で360の電源を入れつつ)






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